生存競争は物語を作る

(記憶に残りやすくする工夫というのが、即ち、物語である、という話)

自然淘汰

世の中に、様々な作品がある。そして、それらを受け取る観客がいる。
観客のキャパに限界がある以上、全ての作品は、いかに観客の時間を得るかという生存競争にさらされる。
作り手も、その生存競争を勝ち抜きたい動機がある。商業作品であれば利益を出したいし、非商業作品であっても評判を高めたいと思う人は多いだろう。


結果、様々な作品は、より、観客の注意を引き、時間を得る方向に進化する淘汰圧が働く。


話がくどいが、要するに売りたいor有名になりたいという人が沢山いるから、その中で切磋琢磨が行われるという、当たり前の話である。


以降、この記事では、作品の内容について、「どれだけ観客を獲得できるか?」という点のみで分析する。
もちろん、作品の良さは、客の多さだけで計れるものではない。
作品の価値や質を定義するのではなく、あくまで、「どういう作品が広まりやすいか?」という点のみの分析である。

記号と競争

さて、特定の記号が観客の興味を引きつけやすい、としよう。
猫耳+メイド+ドジっ娘」とか、そういう記号が受けやすい、と、仮定する。
この時、何が起きるか?
記号自体をコピーするのが簡単である場合、競争と自然淘汰の原理が働く限り、「猫耳+メイド+ドジっ娘」の作品が、市場に増えてゆくことになる。


そうした作品が増えると、それぞれ「猫耳ドジっ娘メイド」好きの層を奪い合うことになるい、ここに競争が発生する。

記憶強度

さて、猫耳ドジっ娘メイドAと、猫耳ドジっ娘メイドBがいた時に、どちらが、より多くの観客を獲得できるか?


「何が売れるか? 流行るか?」という問題は永遠の謎であって簡単に答えはでないが、似たような意匠のAとBを比べてどちらが売れるか? というのであれば、少しは答えやすくなる。
つまり、より広まる≒より強い印象、より強い記憶を残すもの、と言えるだろう。


では強い印象、記憶を残すものとは何か?
記憶に関する研究を参照すれば、それがわかってくる。

記号の連関

人間というのは、無意味な数字や文字の羅列は覚えにくい。意味のある並びであればあるほど覚えやすくなる。
無意味な年号やらは語呂合わせで覚える、というのはよくある話だ。
歴史を覚えるのなら、単なるイベントの羅列、ではなくて、それぞれの関わりを理解して、大きな物語として把握することで、より覚えやすくなる。


猫耳ドジっ娘メイドAがいた場合、単に記号として「猫耳+メイド+ドジっ娘」をポンと出されても、印象は薄い。すぐ忘れてしまう。
ストーリーの中で、ドジっ娘メイドがドジしてゆくお話があることで、より印象に残りやすくなる。


「複数の記号が意味を持って連関した状態」とは、要は、お話、物語、ストーリーなわけだ。


作品を広める重要な手段は、物語である、ということが分かる。

連続的刺激

記憶の仕組みとしてもう一つ分かっていることは、最初は短期記憶として貯蔵され、何度もそれを引き出す内に、長期記憶として保存される、というのがある。


猫耳ドジっ娘メイドの話をするのなら、ストーリーを1話だけ見るのなら、短期記憶で終わりやすい。定期的に何度も見れば、それが長期記憶になってゆく、というわけだ。


広告などでは、露出回数を増やすのが基本的な方針としてあり、効果が確認されている。TVアニメなり、連載小説・マンガなりも、同じ方法論だ。


作品を広める重要な手段としての物語は、長さ・回数があったほうがいい、ということがわかる。

構造化

さて、猫耳ドジっ娘メイドを売り出すのであれば、物語にして、それを何話も定期的に出してゆけばいい、ということはわかった。


では、猫耳ドジっ娘メイドのアニメAと、アニメBが、毎週放映されている場合、どちらがより多くの観客を掴めるか?


もちろん様々な要素が絡むわけだが、記憶強度として考えるならば、連関が多いほう、ということになる。アニメのある部分を見て、他の部分との連関を想起させる……2話を見ると1話を思い出し、全部見ると始めから見直したくなるような作品こそが、記憶強度、印象が大きくなるといえよう。


プロットで言うなら、伏線が巧妙な作品だ。
観客は、色々な手がかりを注意し、しっかり記憶しながら、見ているだろう。
伏線が解決された時は、「なるほど、こことここがつながっていたのか!」と、過去の記憶と現在とを連関させることで、強い印象を受けるだろう。


キャラクターで言うならば、成長・変化だ。
あるキャラクターが、様々なドラマを経て変化してゆくことで、過去と現在を連関して記憶する。
弱虫だった猫耳ドジっ娘メイドが、艱難辛苦の末、ご主人様を守って立つ勇気を見せた時にこそ、強い印象を受けるというわけだ。


設定で言うならば、必然性だ。
猫耳ドジっ娘メイドは、なぜ、猫耳でドジでメイドなのか?
この世界には、なぜ猫耳がいるのか。この世界のメイドとはどういうものなのか。
彼女がそうなるに至った過去のお話や世界の話は、ばらばらの記号を連関させる。


ドラマで言うならば起承転結だ。
状況があり、それが変化し、盛り上がって、オチがつく。
1話の中で、それがあることで、1話全体の構造が記憶される。
全話の中で、それがあることで、1話から最終話まで全体の構造が記憶される。



他にも大変に色々あるだろうが、なんとなくわかっただろうか?
連関性の高いスト−リーというのが、いわゆる「よくできた物語」と呼ばれるものだ。
登場する要素が、様々なレベルで相互に結びつくことで、各部分を見る時に、全体が想起され、また他の部分が想起される、というわけだ。


作品を広める重要な手段としての連続する物語は、構造化されている「出来の良い物語」であったほうがいい、ということが分かる。

テーマと記憶強度

さてさて、では、売れ線の記号で、連続性のある物語で、構造がよく出来た物語同士の場合は、どちらが印象に残るか?


「よく出来た物語」というのは、つまり、作品を鑑賞している時に、どれだけ記憶が刺激されるか、だ。


次のステップとして、作品を鑑賞していない時も、記憶が刺激される、というものが考えられる。


作品を見てない時に、作品を思い出すのは、どういう時か? そこで「テーマ」というものが生きてくる。
作品の内容が、現実の生活に共通するものがあればあるほど、現実の生活の中で、作品を思い出しやすくなるわけだ。


具体例でゆこう。少年のアイデンティティ発見がテーマだとしよう。
テーマとキャラクターは連関すべきなので、自分は誰で、何になりたいのかを悩む少年が主人公だ。
現実の中で、自分が誰で何になりたいのかを悩む若者は多いだろう。そうした時、その若者は、作品を思い出す。


例えば「逃げちゃだめだ」だったり「姉ちゃん明日って今さ!」だったり、「おまえを信じる俺を信じろ」だったり、そうした言葉やシーンが心に残るのは、それらのテーマが、自分と深く関わっているからだ。


こうしたテーマは沢山ある。
戦争や民族紛争がテーマの作品であれば、ニュースを見た時、想起するだろう。
恋愛物が強い人気を誇るのも、恋愛というテーマがたいていの人にとって重要だからだ。


ストーリーのテーマが現実の問題と連関することで、直接鑑賞している時以外にも、記憶が刺激され、それによって印象が強くなる、というわけだ。


現実と通底するテーマを設定することで、物語の印象はより強くなる。

良い物語

以上をまとめると、強い印象を与える記号というのは、物語があり、よくできた構造をしており、かつそれが現実と通底するテーマがある、ということになった。


あくまで、記号を、猫耳ドジっ娘メイドを、より大勢に売るためだけを考えた場合でも、物語とテーマが重要だね、という話になったわけだ。

コストベネフィットと多様性

さてさて、では、売れ線の記号で、露出が多く、物語の構造がしっかりしていて、かつ普遍的なテーマを備えている作品なら必ず売れるのか?


もちろん断言はできないが、そこまで条件揃えば、かなりの確率で結構売れる、と、俺は思う。


一方で、そうした緊密な物語が無くても、売れている作品は多々ある。なぜ、そうした作品が出てくるか?
それについては、コストベネフィットの問題で説明できるだろう。


緊密な物語、というのは、コストが高いのだ。
しっかりした構造を考えるのは時間、手間がかかる。また考えた構造を、きっちり描ききるのも、簡単ではない。
作るのが大変で、失敗の可能性も大きいハイリスク・ハイリターンな手法なのだ。
伏線を綿密に張った面白いドラマが、途中で失速したり、風呂敷を畳みきれなかったりして駄作になる、というのは、実際に、よくある話だ。


逆にいうなら、同じだけのコストを使うのなら、構造をゆるやかにすることで、量を増やし、露出を大きくすることもできる。それはそれで有効な戦術だ。


コストベネフィットを考慮した場合、ローリスクローリターンや、ハイリスクハイリターン、様々なニッチ狙い等の戦術が現れ、単純に物語が優れている作品のみが生き残る、とは言えなくなる。

まとめ

どれだけ売れ線の記号があっても、記号単体で享受される期間は短い。
なぜならば、記号だけで売れるなら、当然、記号のコピーが増えて、競争が生じるからだ。
競争の中で印象づける重要な手段として、現実と共通するテーマを持ち構造化された物語が存在する。
一方で、よく練った物語を作るのはコストが高いので、成功する作品の中でも、物語性をどこまで練り込むかについては、様々な多様性が生まれる。