日記タイトルの変更と謝罪 2003/09/13*7

 本日記は、元々azumagakiraiというidにて開始しました。それに関して、9/9に東氏(id:hazuma)より、

idそのものを個人攻撃に使って、否応なしに本人にログとして見せつけるというのは、内容の如何にかかわらず単純に荒らしでしかないと思うんだけど、どんなもんでしょう?

 という抗議をいただいたので、謝罪の上、id:motidukisigeruを取得し直し、内容を移転させました。
 その後、東氏は、

idは変えたそうです。はあ。
なんか、面倒くさいので、この話題はここで終了します。

 と、おっしゃり、それ以上のコメントがなく9/10の日記が始まったので、この問題は解決したと考えていました。

 本日、東氏より、

それから、最初に「お前なんて嫌い」と言い放ったひととは僕はコミュニケーションする気がありません。というか、その場合、最初にコミュニケーションの可能性を切断したのは自分なのだから、責任を取るべきだと思います。というわけで、これ以上書いても無駄だと思います。コメント欄で応答するのもこれが最後だし、場合によっては削除するかもしれません。すべては僕の勝手でやらせていただきます。何と言っても、これは無料の個人サイトですからね! ではでは〜

 というコメントをいただきました。
 コメントからすると日記タイトル自体にも、不快感を表明されているようですので、以下のように謝罪の上、日記タイトルを「東浩紀の文章を批評する日記」に変更します。

謝罪文

 東浩紀

 日記タイトルに関しては、内容のわかりやすさを優先させたことと、私個人の感情と立場の表明であって、他意はありません。
 批評には、どうしても立場と感情が出て論を歪めます。立場と感情を隠し完全な中立を装って批評を重ねるよりは、それらを明らかにした上で、文章の判断を読者にゆだねたほうが、誠実ではないかと考えた結果です。その結果、ご不快になられたとしたら、こちらの不手際です。

 もうしわけありませんでした。

 今後はこのような間違いをいたさぬようくれぐれも注意いたしますので、誠に勝手ながらなにとぞご寛恕いただきたく伏してお願い申しあげます。

 さて、コミュニケーションが、互いの立場の違いを認識し、その中から得るものを探してゆくことであるならば、「嫌い」な相手とのコミュニケーションにも意味があると思います。
 当日記の文章において、お目にとまる箇所がありましたら、ご寛恕の上、ご指摘いただければ幸いです。「でじこ」に関する事実関係の話題は、単純に検証でき、多分、東様の役にも立つと思われますので、ご覧いただければ幸いと思います。

 重ね重ね申し訳ありませんでした。
 失礼します。