torinositoさんとの話追記

これまでの経緯

メタブクマの100字コメントで議論するのが不毛に思えてきたので移動します……。

torinosito
今回の騒動だと、30万人(a1)への懐疑を、南京事件(定説A)への否定と解釈した人が騒いでいたと理解。


motidukisigeru
犠牲者総数への疑義は、a1への批判にはなりえない、ということを本文に追記しました。


torinosito
id:motidukisigeruさん、「torinosotoさんはじめ、これを口にする人」私自身は特に30万が多いと主張したことありませんよ。ただ、最初から徹頭徹尾、話がかみ合ってないのを揶揄しているだけです。


motidukisigeru
なるほど。訂正します。で、id:torinosotoさんは、ある人々が持つ「30万人への疑義」が「a1への疑義」を構成すると思われたんですよね? で、それは間違いです、という話ですが、お分かりいただけましたか?


torinosito
「「30万人への懐疑=a1」と主張してる人は、今のところおらず」このモデルを出したのがid:motidukisigeruさんからですし、これまでに主張した人はいないでしょう。/認識の違いによるズレが延々と続いているわけです


motidukisigeru
結局id:torinosotoさんは「30万人への懐疑=a1」になる、ならないの、どっちと考えているんですか? 前者ならばそれは間違いですし、後者なら、30万人否定派が、間違った見識であるということで良いですか?


torinosito
見直しをしようとして間違ったIDでコールされているのに気がつく2回目/id:motidukisigeruさんがそう話しているのはわかってます。このモデルを書いたのが今回なのに「今までいない」なんて書いてしまうズレをつついてます


motidukisigeru
id:torinositoさん。はいそうですね。そこは間違いでした。訂正・お詫びします。で、Q1:「30万人=a1」はおかしい、は、理解できますか? Q2:「異なる立脚点」について、他に妥当な例をあげられますか

torinosito
定説Aの前提要素をa1〜anで分け、a1の前提要素をa1-1〜a1-nで分ける。Aの中に30万人を入れa1に各事件というのがid:motidukisigeruさん。一方Aが南京事件a1が30万人a1-*に各事件という立脚点の人が存在します


motidukisigeru
id:torinositoさん、分類は自由ですが、その分類の順で議論に疑問を出すのは、科学的な論証からするとおかしい、という話です。お分かりいただけますか?字数制限がきついならコメント欄へどうぞ。

まとめ

前回の100字まとめで書き損ないましたが。

Aの中に30万人を入れa1に各事件というのがid:motidukisigeruさん。

俺は、こんなことは言ってません。
犠牲者総数を導くには、複数の根拠を検討する必要がある、というだけです。

一方Aが南京事件a1が30万人a1-*に各事件という立脚点の人が存在します

Aは定説。a1はAを支える根拠です。
Aが南京事件であるとして、a1の犠牲者30万人は、南京事件の根拠には、なんらなり得ません。


関東大震災が存在したとする根拠は、犠牲者が10万人と推定されることである」
違いますよね。
関東大震災の根拠は、震災に関する様々な被害報告であるはずです。


単純に、事実を分類する方法として、南京事件→30万人死亡→各事件、という分類をするのは勝手なのですが、ここで問題視しているのは、「30万人というのは多すぎないか?」という問いを最初に発することの非論理性です。


正直、これが、なぜ、非論理的なのか、id:torinositoさんに分かってもらえたか、未だに自信がないんですが、わかってもらえてますでしょうか?>id:torinositoさん


そして、最新のメタブクマ。

id:motidukisigeruさん「全部検証することになり、ものっっっすごく長い議論になるます」で省略されましたが、細分類ではa1-*の中に偽が混じれば、a1での数は正確ではなくなり偽になります。でもそれはAの真偽とは別です。

ということは、私が、「a1での数が正確でなくなる」=「30万人ではない」=「南京事件が否定される」という風に短絡していると、お考えですか?
「30万人は多すぎる」=即「南京事件の否定」である、と。


そんなことは最初から言っていません。


私が問題にしているのは、妥当な推定、科学的な手続きの話です。
当人が、南京事件を否定するつもりであろうが肯定するつもりであろうが、そこに至る論理がおかしければ、結論がどうだろうとおかしい、という話です。


おっしゃった例で、a1が犠牲者推定数である場合、a1-*の中に偽が混じれば、a1の数は正確ではなくなりますね。
話を単純にして、犠牲者数30万という推定があり、a1-1が5万、a1-2が10万、a1-3が15万人の推定だとします。合計30万人というわけです。


この時、「a1-1は、5万人より少ないはずだ。多分3万人くらい」「だから」「a1は30万人より少なくなるはずだ」という議論は成立します。


ただし、そのためには、30万人説が、a1-1〜a1-3で出来ていることを把握し、その上で、a1-1を指定する必要があるわけです。
そのような議論に基づいて、「30万人は多すぎる」というのであれば、普通に議論ができるでしょう。


ただし、実際には、「30万人は多すぎる」というのを、そのような検討なしで持ち出す人がいる。
当人は、それは、「些細な問題」と考えているかもしれませんが、それを論理立てて行うには、先ほど書いたように、「30万人の内訳を把握し、具体的にどこが間違っているのかを指定」する必要がある、というわけです。

30万人について

ここで問題なのは、犠牲者数の推定には様々な幅があり、30万人という数自体は別に定説ではない、ということです。


なので、犠牲者数について言及する時、先ほどのようなことをしようとするのなら「私は○○説で、××人が基本的に正しいという立場にあるが、その上で、ここは違うと思うので、最終的に△△人になる」と言う必要があるわけです。


それをせずに、いきなり「30万人は多すぎる」というのは、結局、先人の説の検討を最初から放棄している、ということを示しているわけです*1
共有している前提がゼロであるため、「なぜ30万人ではありえないか」というのを説明しようとするなら、南京事件を構成する全ての事件について、最初から立証し直す必要があります。
これが、

「なぜならば〜」というのを書こうとすると、南京事件の全ての事件を全部検証することになり、ものっっっすごく長い議論になります。

と書いた理由です。

追記

id:torinositoさんからは、今回の一連の議論について、

それで、私のやっているのが、
>つっついて遊んでいるだけという人多いと思うよ。私みたいに。
いわゆるはてブ大喜利として使うという事の延長で、「俺様エライ論者」に対して腹黒系のネタをつっこむというやつです。
つっこむ内容としては、
・おまえの言っている事はこう解釈できるぞ、と、相手の言いたいことの反対の結論を出す。
・あいての主張のうち、本論ではなくその一部に対して、別の見方をだす。
などがあります。
これを「俺様エライ論者」の劣化コピーとして上から目線でやるのがコツです。
http://d.hatena.ne.jp/torinosito/20090604/metab#c1244200715

てなお答えをいただいております(こちらの記事も、向こうの記事も、コメント欄は進行中。お返事待ってます)。


ええ、私はもちろん私の議論が独善的で、本来聞いてほしい人に反感を買っている可能性があることは否定しません。
私も、他の人の議論に対して、そのように思う時はありますから。


その上で、それぞれの議論の話者は、様々な意図で、様々な相手に語りかけているわけですし、私自身にも様々な思い込みがあるわけですから、誰かの議論の他への影響について、きちんと判断するのは難しいことです。
そこへの自省がない場合、行き着くところは「おまえの言い方は気に入らない」になるわけで、そのような難癖は有害です。


そこにおいて、id:torinositoさんは、極めて断定的に、「motidukisigeruの議論は、噛み合っていない」と決定し、それに基づいて「上から目線で」「俺様エライ論」をぶつけてくるわけです。


このようなやり方は、ただ単純に迷惑なので、やめてほしいです。

はてブでつついた結果、反応したのがid:motidukisigeruさんで二人目なので、はてブではまだありませんね。
まあ、今回のを見ればこのアカウントからのつつきで反応する人は、今後いないでしょう。
このアカウントでは、はてブのみの大喜利モードに戻ります。

他のアカウントでは、同じ迷惑行為を続けるかもしれない、というようなことをほのめかしているのも性質が悪いです。
もちろんtorinositoさんが他のアカウントを使ってする行為について検証も強制もできません。
その上で、そのように無意味に他人に迷惑をかける行為については謹んでいただくようにお願いします。

*1:先人の研究を踏まえるなら、「○○氏の説の××人あたりの線で考えてます」で終わりなのよ。30万人以下の推定数出してる学者さんたくさんいるんだから