月姫とほしのこえ

 ちょっと戻って、「オタクの外部」について。

東:『月姫』と『ほしのこえ』はほぼ同時に出てきて、両方とも同人からのメジャーブレイクというか、新しいオタクのありかたとして注目されたわけですね。けれど、いま振り返ると、この両者は対照的な方向に行きつつある。新海さんの場合、次回作の『雲のむこう、約束の場所』を、基本的に個人製作のスタンスを変えないまま劇場公開することを選んだわけで、オタクの外部をマーケットにしつつ、方法としてはインディーズ色を保つ方向を目指している。TYPE-MOONは、マーケットをオタクの内部に限定した上で、方法はメジャーなコンテンツビジネスそのものでしょう。どちらがいいと思うかは人それぞれだと思うけど、僕は新海さんの試みの方に断然興味がある。オタクだけを相手にする商売って、どうも興味がもてない。

 参考に、波状言論15号の鼎談も載せておこう。

西島:僕は最初の頃から言ってますけど、『アメリ』(2001年)(註13)並にヒットしますよ! 絶対! 浮かぶもん、スペイン坂とか並んでる女性客の姿が。
(中略)
新海:広げようと思って作ってはいます。20代半ばのOLとか。
東:そこが主なターゲットですか?
新海:いや、主なターゲットは、やっぱり『ほしのこえ』を見てくれたひとたち、美少女ゲームのオープニングムービーを見てくれたひとたちって明確に決めています。そこにまずは届いてほしいとは思っています。ただ、DVDの数はそれでは頭打ちだし、広げたいっていう気持ちが強いんですよ。

 「オタクの外部をマーケットにする」という言葉について、だ。

 「アメリが好きそうなOL」というのは、確かに、わかりやすい外部だ。そうした人間を獲得できたら、それはそれで素晴らしい(それが難しいことを知っているから、新海は、主なターゲットを慎重に定めるわけだが)。

 でも、外部というのは、それだけじゃない。

 東は、「月姫がオタクに閉じている」というが、「月姫をプレイしてオタクになった人」に関しては、全く、思い至ってない。

 オタク作品の中には、内輪の閉じた了解に基づいて作られた、市場を食いつぶすだけの作品がある。そういう作品は「オタクに閉じている」と言ってもよかろう。
 だが、「月姫」も[fate」も、なんだかんだいって、確実にエロゲファンを増やした。それまで、オタクでなかった人間のいくばくかを、オタクに変えた。

 それというのは、「オタクの外部をマーケットにしている」ことであり、オタク市場の中に、新たな血を呼び込むことでもあるのだ。*1

東:裏返せば、TYPE-MOONが新海さんみたいな距離感を持ってくれればよかったのにな、と少し残念に思ってるんですよ。コミケ的なネットワークを背景にして、美少女ゲームが生み出した精神性や世界観をもっともきちんとメジャーに届けようとしている人が、ゲームメーカーではなくアニメ作家だ、というのは実は皮肉なことですね。

 皮肉なことはなにもない。表層のイメージ(西島の言うところのアメリとか西武文化とか)に踊らされて、何も見えていない阿呆がいるだけのことだ。

*1:このへんは、TYPE-MOONに限らず、売れているオタク作品全部に関して言える。だからTYPE-MOON単体の評価としては、肯定的すぎるかもしれない。ただ、「アメリなOL」的な市場だけがオタクの外部、という、硬直したオヤジ思想はどうにかならんものか。飯野賢治とかに騙されてサブカルクソゲー作らされた90年代は、もう終わっただろ?